連載【私の鼻】アーティスト 木下友梨香さん 〜 #06 香りで記憶を昇華させる 〜

各界で活躍する目利きのプロフェッショナルたちが気になる香りを深堀りする本連載。第6回は、アーティストの木下友梨香さんが登場。花農家で育った生い立ちを元に、記憶の中の花や植物を抽象表現した作品を制作している木下さん。今秋、フランス発のフレグランスブランド「Anthologie(アンソロジー)」の日本初上陸を記念して「Anthologie × 木下友梨香 コラボレーション展示」をNOSE SHOP 渋谷にて開催しました。香水からインスピレーションを受けて生まれた作品の制作秘話やアーティストとしての原点に迫ります。

記憶に関する「問い」を花を通じて表現したい

ー佐賀県の花農家で生まれ育った木下さんは、幼少期に見た記憶の中の花や植物を抽象表現した作品を制作されています。そもそも幼少期から絵を描くことに馴染みがあったのでしょうか?

学校の図工や美術の授業、スケッチ大会などが好きな子どもでした。どちらかと言うと、上手く描くことよりも自由に描くことの方が好きだったという記憶があります。当時、木を紫色の絵の具で描いたら「木は緑色だよ」と指摘され驚いたことが印象に残っています。

ー幼少期から、家が花農家だということを特別に思っていたのでしょうか?

大人になり、「実家が花農家」と言うとよく驚かれ、初めて珍しいことなんだと気づきました。と言うのも、実家の周りは農家ばかりで中には花農家もちらほらあったので、地元にいる頃は特別ではなかったんです。絵を描き始めてからも花は当たり前すぎるのでモチーフにせず、他に興味がある人や物を描いていました。約8年前、尊敬する人に「花を描いてみたら?」と言われ、花は自分だからこそ描けるモチーフなのかもしれないと気づいて描き始めました。

ーアーティストとしていろいろなモチーフに挑戦する中、花にたどり着いたのですね。

そうですね。ただ、絵を描くうえでのコンセプトは以前から変わっていないんです。「接点は一瞬なのに、記憶に残る人がいるのはなぜだろう」という問いから人物の絵を描いていたのですが、そのモチーフを花に置き換えました。たとえば、山中でヤマユリを見かけ、「ユリってこんな山の中にも生えてるんだ」というわずかな記憶を絵にするといった感じです。幼少期から花にたくさん接して不思議に思うことが多かったので、その「問い」を作品によって表現したいと思うようになりました。

ーそもそもアーティストになろうと思ったターニングポイントはいつだったのでしょうか?

中学生の頃です。当時、田舎の狭い世界観で生きていて不自由さを感じていました。そんなとき、校内の図書館でシャガールの画集をたまたま手に取り、とても感銘を受けました。「こんなふうに広い世界が世の中にあるなら、自分はまだまだ生きていける」と希望を感じ、アートに興味を持つようになりました。高校、大学とデザインを学びながらアートへの理解を深めるうちに、「絵を描きたい」という情熱に気づき、アートの道へ進みました。

ー冒頭の、木を紫で描いた木下さんの意志や感性と、点と点が繋がったような印象を受けました。木下さんは筆を使わず、手でキャンバスなどに色をのせていく「ハンドペインティング」という手法を取り入れていますが、これも自由な表現を求めていた背景に繋がるのでしょうか。

昔から、筆で絵を描くうちにいつの間にか手で描いている子どもだったんです。大人になり油絵の具で描くようになってからも、気づいたら筆から手に変わっていることが多くて(笑)。後から考えると、筆をコントロールすることによって、絵と自分に距離感が生まれることが苦手なのかなと思います。手で描く方が自分自身でも想像できないタッチになりおもしろいですね。

ー木下さんはこれまでにも「アートは敷居が高いものではなく、誰でも自由に鑑賞できるもの」と仰っていて、その言葉がとても印象的でした。NOSE SHOPも香水をもっと気軽に自由に楽しんで欲しいという思いから「Follow your NOSE.(自分の鼻を信じて進め)」というメッセージを発信しており共通する部分があると感じています。木下さんは「アート=難しい」という固定観念をなくすために大切にしていることはありますか?

アートは必ずしも理解しなくていい。素直に作品を見て楽しんでもらえたら、生活がきっと豊かになるはず。そう思って、さまざまな人に作品に触れていただけるようギャラリーだけでなく、公園などの公共の場でも積極的に作品を展示しています。中学時代、私がたまたまシャガールの画集を手に取ってアートに興味が湧いたように、公共の場でアートとの偶然の出会いを提供できるといいなと思っています。 

香りの複雑さを表現するため石と粘土を使った初の試みに挑戦

ーここからは「Anthologie × 木下友梨香 コラボレーション展示」についてお伺いさせてください。今回日本に初上陸した「Anthologie(アンソロジー)」は、木下さんのルーツでもある「花」を用いた独自の香料を使用していることや、「身近な人への愛の象徴」として誕生した作品がブランドのはじまりである点が、木下さんの制作テーマと共通する部分があると感じました。「Anthologie」に対して最初どんな印象を持ちましたか?

Anthologie」を嗅いだとき、どの香りもいい意味で複雑さを感じました。奥深くて重厚感があり、かっこいいと思いましたね。

“Anthologie”

2019年にフランスで設立されたニッチフレグランスブランド。レジェンド調香師であるルシアン・フェレーロが、「主役は香水であり調香師の自分は黒子であるべき」という自身のスタンスを転換して取り組む、自身の名を冠した最後のプロジェクト。(左)ヒヤシンスやチュベローズの優美さに、ジャスミン、ムスクなどが融合し、永遠なる愛を表現。パーアムールプールエル|彼女に捧げる愛 オードパルファム 100ml 24,750円(右)サクラやレモン、ラズベリーフラワーが上品に香る、桜を中心に華やかな日本の花々を体現する香り。サクラアンペリアル|天上の桜 オードパルファム 100ml 24,750円

ー今回、「Anthologie」全8種の香りからインスピレーションを受けた立体作品と、作品が立体へと昇華される前の平面作品を展示いただきました。この制作を通じて、苦労したことや心に残ったことを教えてください。

表面的な表現にならないよう試行錯誤しました。「Anthologie」と出会ったからこそ生まれたという根拠のある作品にしたかったんです。「Anthologie」の香水1つ1つの文章を読むと、調香師の記憶、想いや感情など、私が作品を制作する上で大切にしている要素があることに気づきました。そうした共通点を自分の記憶に置き換え、形と絵を用いた作品で表現しようと思いました。香りがなければ、辿り着かない表現方法だったと思っています。

ー立体作品それぞれの造形に対しては、どのようなこだわりや想いがあったのでしょうか?

石と粘土を組み合わせて立体作品を作るという私にとって初の試みに挑戦しました。以前、石に絵を描いた立体作品を作ったのですが、今回、石と粘土を組み合わせたらより形の幅が広がり、香水に込められた言葉や香りのイメージを表現することができたと感じています。たとえば、「Anthologie」の「ハーモニーパストラル|田園のハーモニー」は、調香師が愛するベートーベンの交響曲第6番「田園」から生まれた香水ですが、香りがもたらす壮大さを、石を浮かせたような形で表現してみました。

Anthologieの各香水からインスピレーションを受けて制作された立体作品。(左から)絵画で見た天使(スネパアンパチョリ|これはパチョリではない)、彼女に(パーアムールプールエル|彼女に捧げる愛)、田園(ハーモニーパストラル|田園のハーモニー)

ー作品に使われた石はどのように選定したのでしょうか?

実家の庭やその近所を歩いて見つけた石です(笑)。私の実家は海を埋め立ててできた土地にあるのですが、佐賀の石で作品を作ることでその土地の歴史を表現したいと考え、以前に展示をしたことがあったんです。そのときに集めた石がまだ手元にあり、いつかまた形にしたいなと思っていたところ、今回のお話をいただき制作に至ったという経緯です。今回は、「Anthologie」のブランドビジュアルにも取り入れられている石膏の要素を取り入れ、石塑粘土という石からできた素材と石そのものの自然の形を組み合わせています。

ー木下さんのルーツである地元・佐賀の要素が作品の一部になっていて感動しました。そして、木下さんの作品といえば、色彩がとても鮮やかですよね。今回はどういったインスピレーションから色を選定されたのでしょうか?

Anthologie」の香水瓶を鼻先に持っていきながら、「どの色がいいかな」とペンキの色を探しました。制作中はとにかくずっと香りを嗅いで、インスピレーションを膨らませていましたね。また、複雑な香りを表現するために、色の組み合わせも大事にしました。もともとパレットで色を混ぜることはあまりせず、直接キャンバスなどに色をのせて塗り重ねて制作しています。かつて恩師に「絵の具は混ぜれば混ぜるほど色が濁る。ありのままの絵の具が一番鮮やかな発色だ」と教わり、意識するようになりました。色を混ぜるとより人工的な発色になってしまう気がするので、ありのままの発色を活かして表現しています。アーティストにはパレットで色を混ぜる人が多いので、たまに驚かれることもあります。

ー「Anthologie」のブランド誕生のきっかけとなった夫婦の愛を象徴する香り「パーアムールプールエル|彼女に捧げる愛」ついては、どのようなイメージを表現されたのでしょうか?

作品を作る際に毎回ルールを作っているのですが、今回は香水のコンセプトと、石と粘土の関係性を大切にしました。コンセプトの文章から自分にとって重要なモチーフを見つけ出し、石と粘土の関係性とリンクするように制作しました。

実は「愛」というテーマは壮大で難しいため、「パーアムールプールエル|彼女に捧げる愛」の制作はあえて最後に取っておいたんです。立体と平面、両方の作品を作りましたが、2つを同時進行で作りました。まずは石と粘土で成形し、ペンキをキャンバスにのせ、今度は立体に色を塗って……と最後まで模索を繰り返し作り上げました。

視覚以上に記憶に残る「花の香り」の表現を探求

ー続いて、木下さんと香りとの関わりについて教えてください。花農家で育った幼少期の花の記憶をモチーフとされていますが、「嗅覚の記憶」が制作のキーになることはありますか?

ちょうど最近、金木犀を描きながら、花の香りと記憶ってリンクしているんだと気づきました。金木犀って、姿形を見なくても「あ、金木犀が近くに咲いてる!」と香りでわかりますよね。むしろ、姿形より香りの方が記憶に残っている。そんな金木犀の曖昧さを作品で表現できないかなと思ったりしています。

ーこれまでに印象的な香り、もしくは馴染み深い暮らしのなかの匂いなどはありますか?

以前、よく使っていた油絵の具の匂いは、馴染みがあり好きですね。知り合いのアトリエを訪れたとき、油絵の具の匂いを嗅ぐと、「あぁ、いいなぁ」って思います。あと昔から好きなのは季節の匂い。玄関から家を出た瞬間に「あ、秋の匂いに変わってる!」と感じることってありますよね。風や草花、土の匂いなどから季節を感じるときに幸せを実感します。
それから、実家の花農家で栽培しているスイートピーの香りも好きです。日常的に嗅ぎすぎて幼い頃は全然意識していなかったのですが、人から「スイートピーっていい香りだね」と言われ実感するようになりました。スイートピーが生花店に流通するのは一般的に春夏頃ですが、農家では冬にビニールハウスで栽培するので、私にとっては冬の花のイメージ。スイートピーの花の香りを嗅ぐと「冬が来たんだな」と感じます。

スイートピーはとても思い入れがあるからこそ、表現するのが一番難しい花。スイートピーにさまざまな記憶が複雑にリンクしているため、なかなか表現し切れません。何度も描いてみましたが、「もっといい表現できるはず」と思い、発表には至らず。この先も挑戦していきたい大切なモチーフです。

ー自ら取り入れる香りについては、選ぶ基準や好きな香りの条件などはありますか?

こういう香水をまといたい、というよりはリラックスしたい、気分を変えたいと思って香りを取り入れることが多いです。ファッションとしてではなく、自分の気持ちを変化させるために使います。たとえば、寝る前にいい夢が見られるようお布団に香りを振りかけるとか。さまざまなシーンを想像しながら、お店で香りを選ぶことが多いです。

ー制作中に香りを取り入れることもあるのでしょうか?

ルームスプレーをアトリエに置き、制作中、気分を切り替えたいときにシュッとひと吹きしています。柑橘系のさわやかな香りなので「よし、頑張ろう!」とリフレッシュできるんです。制作になくてはならないアイテムですね。

ー今回コラボレーションしていただいた「Anthologie」の中では「サクラアンペリアル|天上の桜」が好きだと仰っていましたが、その理由を教えてください。

すごく繊細でさわやかで、毎日嗅ぎたい!と思いました。軽やかで可愛らしいけど、凛としたかっこよさも兼ね備えている。その両面性に惹かれました。

木下友梨香さんにおすすめの新しい香り
Selected by NOSE SHOP

ーそして、NOSE SHOPから新しい香りのご提案をさせていただきます。まずは、「Anthologie」の「サクラアンペリアル|天上の桜」が好きだという木下さんにおすすめしたい香り「Perris Monte Carlo(ペリス モンテカルロ)」の「ラヴァンド ロメイン|ローマのラベンダー」です。いかがでしょうか?

植物の瑞々しさを感じる香りですね!実は今、実家の花農家でマンゴーやライチなどのトロピカルフルーツを栽培しているのですが、そのビニールハウスに充満するいい匂いと似ている気がします。トロピカルフルーツの甘い匂いと葉の青々しさが混ざったような大好きな香りです。リラックスできるラベンダーの香りは、寝る前に寝具に振りかけて使ってみたいですね。

ー次はガラリと趣向が異なる香りをご紹介します。こちらの「Maya Njie(マイヤ エンジャイ)」の「ボイヤーベルデ」は木下さんの制作のルーツをもとに、セレクトさせていただきました。木下さんのモダンでシックなファッションにもマッチするかと思っています。オーナー兼調香師のマイヤ・エンジャイが、自身が生まれる十数年前の古い家族の写真アルバムからインスピレーションを受けて、その時代を香りで再現するという実験的なものづくりを行ってるブランドです。

柑橘とレザーの香りが軽やかながら、とてもかっこいいですね!今までに嗅いだことがなく、とても新鮮に感じました。香水のコンセプトもすごくアーティスティックで素敵です。「いい香りを作る」ではなく「表現したいものがある」という出発点が斬新でおもしろいと感じました。

“Perris

(左)ベルガモット、マンダリン、レザーなどにより、スペイン南部に乗り捨てられたツタの絡まる高級車の様相を表現。ボイヤーベルデ オードパルファム 50ml 19,800円(右)ラベンダーをはじめ、ブルーシダー、カシスブルジョン、ホワイトムスクが夏の夜の楽しさを演出。ラヴァンド ロメイン|ローマのラベンダー オードパルファム 100ml 27,500円

ー最後はデイリーフレグランスブランド「KO-GU(コーグ)」のご紹介です。「KO-GU」は単一での使用はもちろん、複数の香りを組み合わせて自分だけのレイヤリングも楽しめる点が大きな特徴です。絵の具の色を重ねるように、香りも自由にを楽しんでいただきたいという想いが込められています。

まず、ボトルデザインがシンプルで、年齢や性別、好みなど関係なく誰でも手に取りやすそうなのがいいですね。今まで香水をとっつきにくいと感じていた人も「KO-GU」なら親しみやすく感じられるはず。「ローズ」と「ピンクペッパー」の組み合わせも、斬新でフレッシュないい香り!じっくりといろいろなパターンを試して、お気に入りの組み合わせを見つけたいと思いました。「リキッドソープ」など、暮らしに取り入れられるアイテムがあるのもいいですね。

ko-gu

NOSE SHOPがプロデュースするフレグランスブランド「KO-GU(コーグ)」は33種の香りをラインナップ。ローズ、ピンクペッパー オードパルファム 各20ml 4,180円、豊かな香りで包まれるようKO-GUの香水を高濃度に配合。リキッドソープ 300ml 3,300円

ーそれでは、最後に「Anthologie × 木下友梨香 コラボレーション展示」の感想を教えてください。

コラボレーションによってさまざまなキーワードを元に作品を制作し、自分の中の新しい引き出しを開けられたように思います。香りをテーマに制作するのは初めてでしたが、だからこそ今までにない立体作品を生み出すことができたと実感しています。自分自身が満足できる作品ができたのは、NOSE SHOPさんにきっかけをいただいたからこそ。これからも楽しみながら新しいことに挑戦し、さまざまな人にアートのおもしろさを届けたいと思っています。

木下友梨香_profile
PROFILE:木下友梨香
アーティスト。佐賀県生まれ。京都造形芸術大学を経て武蔵野美術大学を卒業。 花農家で育った生い立ちを元に、記憶の中の花や植物を抽象表現した作品を製作している。抽象表現主義に影響を受けながら、過去から現代を表現する。国内外の個展やグループ展、ブランドとのコラボレーションなど、幅広く活動している。

Instagram:@yurika_kinoshita

 


photo|Takuya Nagata
interview|NOSE SHOP
text|Miho Kawabata